肺がんを患っていた芸能リポーターの梨元勝さんが亡くなったことが23日、わかった。東京都内の病院で死去した。65歳だった。関係者によると、亡くなったのは21日。死因は肺がん。6月から肺がん治療のため入院していた。近親者のみの密葬となるという。
梨元さんは法政大学社会学部社会学科を卒業後、講談社に入社。昭和51年には芸能リポーターに転身。多くのテレビやラジオ、新聞などで活躍した。
芸能リポーターの草分け的存在として、「恐縮です」の決めぜりふとともに芸能関係の“特ダネ”を多くものにしてきた。
今年6月には肺がんを患っていることを公にし、ブログやツイッターなどで近況を伝えていた。
http://www.sanspo.com/geino/news/100823/gnj1008230753015-n1.htmTsanのコメント 今朝第一報を知ったんですが、未だに亡くなられたことが信じられません。
ついこないだまでは病床からの報告もあって、病状自体もそれほど重篤な状態ではないと思ってましたので。でもそれは梨元さんの元気な声の印象があったからなのかもしれません。
私にとって梨元さんの情報は“生活の一部”でした。携帯サイト「梨元芸能!裏チャンネル」を登録して、朝の通勤時間には電車内でチェック。休みの日やちょっとした暇があれば手持ち無沙汰と云わんばかりにチェックとまさにヘビーユーザーでした。
今日は「とくダネ!」(フジテレビ系)と「情報ライブ ミヤネ屋」(読売テレビ・日本テレビ系)を録画して、先ほどチェックしました。
ここからは芸能リポーターのお悔やみの言葉からご紹介します。
《前田忠明》 梨元さんとは不仲、ライバルとして知られていた“前忠”こと前田忠明さんは「とくダネ!」の中で、“不仲”というのは実は梨元さんと決めた暗黙の作戦だったことを明らかにしました。お互いに距離を取ったり批判しあうことで芸能レポーターという存在、芸能界を盛り上げていこうという意図があったようです。実際に取材の際はお互い不仲を装いつつも、後で梨元さんから前田さんに「ありがとう」と電話を頂いたということもあったそうです。
《東海林のり子》 梨元さんの“盟友”であり、「梨元芸能!裏チャンネル」にも寄稿していた東海林のり子さん。
「とにかく休みなく働き、全速力で突っ走る人でした。パワーにあふれていて、てっきり回復して帰ってくると思っていました」と、産経新聞(2010年8月23日付)に語った。ツイッターでも、「残念です」「悔しい」とつぶやいた。(本日付・「産経新聞」より)
《井上公造》 梨元さんとの出会いによって芸能リポーターの道に進み、梨元さんの事務所に所属していたこともある井上公造さん。
「ボクにとっては師匠であり、仲人でもある。いまだに信じられない。本当にお世話になりました。たくさんのことを教えてもらいました。ご冥福をお祈りいたします」 (ツイッター書き込みより)
今日放送の「情報ライブ ミヤネ屋」では、井上さんから「仕事と仕事の間の2時間ばかりのスキマにも仕事を入れるくらい、仕事をしていなければ落ち着かない人」、「取材メモは小さい字でびっちりと書かれていた」などのエピソードが語られました。
マイク片手にスクープを追求する印象の強かった梨元さんですが、実は人望もあって芸能人の中には「梨元さんだったら...」と口を開く方も少なくありませんでした。梨元さんが追ってたものはスクープではなくその人の人間性を追い求める姿だったと私は思っています。
もう一つ梨元さんといえば主義が一貫してることでしょうか。昨今、芸能事務所の影響力が強まってます。
某事務所の売れっ子タレントの熱愛などをテレビ局が報じようものなら、ドラマに出演させないといったのがわかりやすい例だと思います。要するに事務所の圧力や弾圧のせいで昔のように自由に報じることが難しくなってきてるのです。そういうわけでテレビ局のリポーターも事務所の顔色ばかりを伺うようになり、事務所から与えられた情報だけを報じるようになってきました。そんなしがらみに真っ向から挑んでたのが梨元さんでした。
テレビ局でレギュラーを持ってた時期もありましたが、テレビ局から「○○のことは取り上げないでくれ」といったような注文がつくと数ヶ月でレギュラーを降板するようなこともあったようです。
これはどういう事情から打ち切りになったのかは判らないのですが、北海道でもHBC北海道放送「Hana*テレビ」(2006年4月~2010年3月放送)で「北海道だけ恐縮です」という梨元さん出演の週一の放送がありました。これは1年経たないで終わったように記憶しています。
携帯サイトを立ち上げられたのもテレビ局などのしがらみが一切なく自由に表現できる環境であったわけです。
芸能マスコミの礎を気づいたと云ってもいいであろう梨元勝さん。きっと梨元さんを超えるような、もしくは梨元さんの思想を100%継承できるようなリポーターさんというのは後にも先にも現れないと私は思っています。
梨元さんの話はまだまだ尽きないんですが、機会があれば取り上げることとしましょう。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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